シコウノストレージ

自分自身の考えを整理するために書いています。

人は幸せであることが普通だと思っているから。

タイトルの通り「人は幸せであることが普通」だと思っている。

だからこそ、今幸せでない人は幸せになってほしいし、幸せならばそれでいい。

なぜならばそれが普通だから。

 

もちろん奪い合いの世の中だから全員が全員同じ富(金に限らず)を得ることはできないというのは理解しているが、そういう構造的な話ではなく、幸せに感じるというのが人単体としての普遍的に目指すものだと認識している。

ここに論理性はなくただの感覚だけれども。

 

自分の中では、普通=幸せであり不幸=異常である。

だから自分は普通だから幸せだと感じる。

 

だから人の幸せを見ても、事象に対していいなぁと思っても心のどこかではそれが普通の状態に思えるからあんまり心から祝うという感覚がない。

積極的に良いというよりは悪くないみたいな感覚かもしれない。

逆にそうじゃないなら、異常であるから何かしらの原因があると考えてそれに対してはアプローチを考えたりもする。

 

おそらく、プラス部分を存分に味わいたいタイプとマイナス部分をなくしたいタイプがいて自分は後者で、プラスであるならば自分が何かしなくてもプラスなので興味をなくすということだと思う。

 

逆に言えばマイナスならば以上の状態であるため、原因究明をして改善するためのアプローチをする必要がある。

 

本人の思考が原因のことももちろんあるけれども、思考を変えることが最適解になるとも限らずその辺のバランスは必要と感じるけれども、全人類平等に普通であることを保つ(普通を選択できる、要するに強制的な不幸でなければそれでいい)べきだと心のどこかで思っている。

 

この辺のバランスの感覚と上記の感覚が普通ではないらしいので、自分と同じ意見が少数派になりやすい。

 

上記の感覚はただの願望で、バランスの感覚が事実を見てのギリギリラインの最善手みたいな感覚だ。

だからバランスの方を意見することが多いが、その根底は幸せであることが普通であってほしいという願望がある。

 

バランスの方は最善手を狙うような並べく感情を排したものなので、外から見たら無慈悲に見えるかもしれないけれども自分の中ではそんな気はさらさらない。

 

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こういう感覚は人に伝えるのはなかなか難しいので、ブログにでも書いておこうということで。