シコウノストレージ

自分自身の考えを整理するために書いています。

想像の限界

人の想像力、創造力には限界があると思っている。

 

井の中の蛙が外の世界をしることなどできるわけがないのだ。

 

それをひねり出そうとうんうんうなっててもまったく意味がない。

なぜなら想像は少なからず経験則が反映されているから。

 

小さな子供のころに人の気持ちが理解できなかったり、危ない行為をしてしまうのは経験が少ないから。

大人になっても経験してないことを想像するのは難しい。

 

想像とは推測のような側面と創作のような側面がある。

思うにどちらも同じようなものだと考えるが、ごく一般的な推測でないもの、非常に具体性に富んだ推測などは創作と呼ばれるものが多い。

 

創作物に関しても、作者の経験をもとに掛かれているものが多く、例えばファンタージーものに関しても、人間が想像できうる範囲内のことしか描かれない。この言い方は若干卑怯かもしれないが描かれようがない。

 

しかしながら、全く同じ経験をしている人はいない。

が、同じような経験というのは数多くある。

そして逆も然り。

 

あまり体験したことがない体験を物語として読むと、人はそれに近しいような体験を当てはめて予測することができる。つまり、感情移入することができる。

しかし、登場人物に感情移入することは可能だが、創作することができるのは、多くの人があまりしない体験をした人、そしてその感情や状況を深いレベルまで理解してある程度一般化することができる人なのだと思う。

 

 

理解して一般化するというのは限界があると思っている。なぜなら事実をどれだけ深く見るかという話であり、それには限界があるからだ。

しかし、それはその時点での限界であって、また新たな体験をすることで増やしていくことは可能だ。

 

逆に言えば、新たな体験を増やさない限りはどこかで限界が来てしまうということであるというのは忘れないでおきたい。